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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)302号 判決

控訴人 日新産業株式会社

右代表者代表取締役 西野由之介

右訴訟代理人弁護士 宮武太

被控訴人 株式会社住友銀行

右代表者代表取締役 伊部恭之助

右訴訟代理人弁護士 川合五郎

同 川合孝郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金八二六万五四一一円及びこれに対する昭和四九年一〇月二九日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ(原審における請求を減縮)。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の提出・援用・認否は、左記の附加をするほか、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決五枚目表二行目に「割引等の」とあるのを「割引等を」と訂正する)であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

(1)  控訴人の社員高松敏治(以下、単に高松という)は、昭和四九年一月一〇日頃に被控訴人立売堀支店において、同支店外国為替係員山川和夫(以下、単に山川という)に対し、原判決添付目録記載の小切手三通(以下、これらの小切手を一括して、本件小切手という)を提示して、本件小切手が外国銀行の保証小切手であるか否かの調査を依頼したところ、山川においては、それを承諾して、本件小切手を受取り、高松を待たせたまま、その調査をなし、高松に対し、「本件小切手は外国銀行の保証小切手であるから、それを取得しても大丈夫である」旨の言明(以下、本件言明という)をした上、本件小切手を同人に返還した。

(2)  そこで、控訴人は、本件小切手の割引依頼人であったマレーシア人のサレムに対し、一ドルにつき金二八五円の割合で換算し、本件小切手を割引いた。即ち、本件小切手の内の額面金一万二五三五ドル・振出日昭和四九年一月二〇日の小切手(以下、本件A小切手という)については、金三五七万二四七五円に換算し、その内金三〇〇万円は、予てから控訴人がサレムに対して有していた宝石代金債権の弁済に充当し、残金五七万二四七五円は、日歩一七銭の割合による割引料を徴収する約定で割引いたが、昭和四九年一月一〇日から同年同月二〇日までの割引料金一万七〇五円を控除した残金五六万一七七〇円をサレムに交付して、本件A小切手を取得し、また、本件小切手の内の額面金一万二五三五ドル・振出日同年二月二〇日の小切手(以下、本件B小切手という)については、金三五七万二四七五円に換算し、割引料は日歩」七銭とし、昭和四九年一月一〇日から同年二月二〇日までの割引料金二五万五〇七円を控除した残金三三一万七四〇一円をサレムに交付して、本件B小切手を取得し更に、本件小切手の内の額面金五〇〇〇ドルの小切手(以下、本件C小切手という)については、金一四二万五〇〇〇円に換算し、割引料は日歩一七銭とし、昭和四九年一月一〇日から同年同月二五日までの割引料金三万八七六〇円を控除した残金一三八万六二四〇円をサレムに交付して、本件C小切手を取得したのであり、控訴人は、本件小切手を取得するために、合計金八二六万五四一一円を出捐した。

(3)  ところで、控訴人がサレムに対し、右のように本件小切手の割引をしたのは、山川において本件言明をなし、控訴人において、それを信じたことによるものであったところ、本件小切手は、外国銀行の保証小切手ではなくして、単なる私人振出の小切手であったため、その後、「取引なし」との理由によって、不渡処分になり、控訴人においては、右金八二六万五四一一円の損害を蒙った。

(4)  元来、山川は、被控訴人立売堀支店外国為替係員として、業務に従事していた者であるから、外国の手形・小切手に関する専門的知識を有していた者であり、高松の前記依頼を承諾した以上、その点に関し、必要にして充分な調査をすべき義務があったというべきところ、一般の人々にとっては、銀行の外国為替係員が外国の手形・小切手に関してなした判断については、そのまま相違ないものとして信頼するのが当然であり、それが社会通念でもあるといい得るから、山川において本件言明をなした以上、控訴人が該言辞を信頼したのは、至極当然であるといわなければならない。ところで、本件小切手が本件言明に反して外国銀行の保証小切手でなかったことは、山川が前記の調査義務を尽さなかったことによるものであるが、もともと、外国銀行の保証小切手とは、外国銀行振出の小切手であるべきところ、本件小切手は、それ自体によっても、外国銀行の振出に係るものでないことは明らかであるから、それを看過して、本件言明をなしたことにつき、山川に過失があり、また、高松は山川に対し、単に本件小切手の翻訳を依頼したわけではないから、山川としては、本件小切手が真に外国銀行の保証小切手であり、控訴人において当該小切手を取得しても大丈夫であるか否かを充分に調査すべきであったにも拘らず、山川において単に本件小切手の文面の翻訳を依頼されたに過ぎないと考えたとすれば、その程度の者を外国為替係員としていた被控訴人につき、重大な過失があったものというべく、更に、山川は、その調査により、本件小切手の支払銀行であるブミプトラ銀行はマレーシアに実在することを知り得たのであるから、本件小切手に関し、すすんで右銀行に対し照会する必要があったとすれば、同人としては高松に対し、その照会の必要がある旨及び当該照会のために必要な時間及び費用等を告知すべき義務があったにも拘らず、山川においては、その点につき、何ら適切な手段・方法を講ずることなく、漫然と本件言明をしたのであり、その点においても、同人に過失があったといわざるを得ず、結局、控訴人の前記依頼を承諾した山川としては、本件小切手についてなした調査が極めて不充分であって、その義務を尽さなかったものといわなければならない。

(5)  なお、前記サレムは、昭和四九年当時大阪市内において、セラゴールド宝石(日本法による株式会社)なる商号で宝石商をしていた者であり、日本在住者であったから、控訴人の本件小切手の取得は、外国為替及び外国貿易管理法(以下、単に法という)第二七条第一項・第三〇条に違反しないものである。そして、若し仮に控訴人の本件小切手の取得が右法条に違反するものであったとしても、そのことにより、控訴人が処罰されることがあるのは格別、本件小切手の取得自体は、私法上あくまで有効であり、これが取得者たる控訴人の地位は、法律上保護されるべきものといわなければならない。なお、控訴人において、本件小切手の取得に当り、それが右法条に違反することを知らなかったのは勿論である。

(6)  そうすると、控訴人は、山川の本件言明により、金八二六万五四一一円の損害を蒙ったことになるから、控訴人においては被控訴人に対し、債務不履行又は民法第七一五条により、原審における請求を減縮し、右損害金八二六万五四一一円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四九年一〇月二九日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人の主張)

(1)  被控訴人立売堀支店外国為替係員山川和夫が昭和四九年一月一〇日頃に控訴人方社員と面談し、その際、山川において控訴人方社員に対し本件言明をしたことはあるけれども、その間における経緯は次のとおりである。即ち、山川は、右同日の閉店時刻頃に右支店において控訴人方社員から質問を受けたが、同人とは面識がなく、一見客同然であったので、「貴方の取引銀行で尋ねられたい」旨を述べて、応答を拒んだが、控訴人方社員において重ねて要望したため、同人から相談を受けた限度内においてのみ応答することにした。控訴人方社員は、本件小切手とブミプトラ銀行作成名義の「保証書」とを提示したので、山川は、それらを一読し、被控訴人の手持資料によって、右銀行が実在することを確認した上、「本件小切手は銀行が保証している小切手、即ち銀行保証小切手であるから、それを取得しても大丈夫であろう」との本件言明をしたところ、控訴人方社員においては、本件小切手を手にして、右支店を退去したのであるが、控訴人方社員と山川との右折衝は、僅々一〇分許りの間になされたのであり、右両者間には、右以外に、何らの問答もなかったのである。ところで、本件小切手は、その小切手自体に銀行の保証文言なく、また、銀行振出に係るものではなかったけれども、前記「保証書」によって、前記銀行が本件小切手の支払を保証する体裁になっていたのであるから、本件小切手は、銀行が支払を保証した小切手、即ち銀行保証小切手と称し得るわけであって、山川の本件言明は、別に間違っていたわけではない。なお、山川において、「本件小切手を取得しても、大丈夫であろう」と言ったのは、控訴人方社員から提示された書面がいずれも偽造でないことを前提として発せられた言辞であって、その際になされた両者の問答が、右各書面がすべて真正に成立していることを当然の前提としてなされていたことに照らし、何ら不当なことではない。

(2)  なお、本件小切手が不渡になったとしても、それによって、直ちに控訴人が本件小切手取得のために出捐した金額相当の損害を蒙ったことになるわけではない。控訴人としては、先ず、本件小切手の振出人に対し小切手金の支払を請求すべきであり、当該振出人に支払能力がないことは、現在のところ、明らかになっていない。そして、控訴人において右振出人から本件小切手金の支払を受けることができなかった場合においても、前記「保証書」が存在するのであるから、控訴人としては前記銀行に対し、これが小切手金の支払を求め得るわけであり、右「保証書」が真正に作成されたものである限り、控訴人は右銀行から、その支払を受け得る筋合であり、若しその支払を受けることができないとすれば、それは右「保証書」が偽造されていた場合のみであるというほかはない。そうすると、控訴人が、その主張のような損害を受けるのは、控訴人が山川の本件言明を信頼したことによるものではなくして、右「保証書」が偽造されていたことによるものであるというべく、控訴人の当該損害と山川の本件言明との間には、いわゆる相当因果関係がないといわなければならない。

(3)  更に、控訴人の本件小切手の取得は、法第二七条第一項・第三〇条に違反するのであり、控訴人は法第七〇条により処罰さるべきものといわなければならない。そうとすると、仮に本件小切手の取得が私法上有効であるとしても、違法に取得した本件小切手に関する限り、控訴人は法の保護を受けるに値しないものというべく、控訴人において第三者たる被控訴人に対し本訴請求をなすことは、許されないというほかはない。

(証拠関係)《省略》

理由

(一)  控訴人が昭和四七年中に被控訴人立売堀支店に普通預金をしたこと、及び控訴人の社員が昭和四九年一月一〇日頃に被控訴人立売堀支店を訪れ、同支店外国為替係員山川和夫に本件小切手を呈示し、その際、同人において本件言明をなしたことは、いずれも当事者間に争がない。

(二)  ところで、右争のない事実に、《証拠省略》を総合すると、

(1)  控訴人の社員である島田は、同僚の高松敏治外二名とともに、昭和四九年一月一〇日頃に被控訴人立売堀支店をその閉店時刻直後に訪れ、その外国為替係の窓口において、係員山川和夫と面接したこと

(2)  その際、右島田は山川に対し、本件小切手とブミプトラ銀行作成名義の保証書とを提示し、「被控訴人と普通預金取引をしている者であるが、宝石代金の支払を受けるため、本件小切手を受領しようとしているところ、このような小切手を受領したことがなく、英語も理解できないので、その内容も不明であるが、これを受領しても大丈夫であろうか」と尋ねたところ、山川においては、同人らと面識がなく、被控訴人との間に当座取引や外国為替取引もなかった者であった関係上、その質問に応ずる気持になれず、「そのようなことは、貴殿の取引銀行で尋ねて貰いたい」旨を述べて、その応答を拒絶したが、島田において、重ねて右の質問を続けたので、山川においては、当該質問の範囲内で応答する気持になり、本件小切手と保証書とを一覧し、被控訴人備付の資料により、本件小切手上において支払銀行とされているブミプトラ銀行がマレーシアに実在していることを確めた上、「本件小切手はブミプトラ銀行が保証をしているから、受領しても大丈夫と思う」旨の本件言明をしたところ、島田らにおいては、本件小切手と保証書とを手にして、右支店を退去したこと

(3)  島田と山川との右折衝は、僅々一〇分許りの間になされたものであるが、その両者間の問答は右の程度以上には出ず、その間、島田において山川に対し、本件小切手や保証書が偽造でないか否かとか、本件小切手の決済が確実になされるか否かとかの具体的な事項について調査を依頼したことはなかったのであり、かつ、右両者の問答は、双方とも、本件小切手及び右保証書がいずれも真正に作成せられたものであることを当然の前提としてなされたものであること

(4)  ところで、その後、本件小切手は、「口座なし」との理由によって不渡となり、右保証書も偽造に係るものであって、ブミプトラ銀行において何ら関知しないものであったこと

をそれぞれ認めることができる。《証拠判断省略》

(三)  そこで考えてみるに、右認定の事実関係からすれば、本件は、要するに、島田らにおいて、被控訴人立売堀支店の閉店後に突如として同支店に現われ、その外国為替係の窓口に本件小切手と「保証書」とを提示し、同所に居合わせた外国為替係員山川に対し、「この小切手は内容がよく判らないが、受領しても大丈夫か」ときいたため、同人において、いずれも英語で記載されていた本件小切手と「保証書」とを読解し、「保証書」には、「ブミプトラ銀行は本件小切手の支払を保証する」旨の内容が記載されており、右銀行は実在していた関係上、同人において島田に対し、「本件小切手は銀行が保証しているから、受領しても大丈夫と思う」旨を答えたところ、島田らにおいて、それらの書類を手にして、右支店を退去したというのに過ぎず、その間約一〇分許りであって、いわば銀行窓口における立話程度のものであったことが窺われるから、島田の本件依頼の内容は、いずれも英語で記載されていた本件小切手と「保証書」との記載内容を明らかにし、その性質を教示して貰いたいということに尽きるものであったというべく、それに対し、山川が、それらの書面の記載内容からして、「本件小切手は銀行が保証している小切手、即ち銀行保証小切手であるから、受領しても大丈夫であると思う」旨を答えたことは、本件小切手と右「保証書」とが一括して提示されていた限り、その記載上からして、間違ってはいないから、右依頼に対する応答として、至極当然のことであり、その際、山山において、「受領しても大丈夫と思う」旨を発言したことも、その問答の際、島田と山川との間においては、本件小切手と「保証書」とがいずれも正当に作成されたものであることが当然の前提とされていたものである以上、相当であったというべく、結局、山川においてなした本件言明は、島田の依頼に対する応答として、何ら不当な点はないといわなければならない。

控訴人においては、「控訴人は単に本件小切手及び『保証書』の翻訳を依頼したわけでないにも拘らず、山山において、その翻訳を依頼されたに過ぎないと判断したとすれば、その程度の者を外国為替係員としていた被控訴人に重大な過失がある」旨を主張する。しかしながら、前記認定の事実関係からすれば、島田においては、本件依頼に当り、「本件小切手及び『保証書』の内容が不明である」旨を強調していたことが窺われるから、その依頼の趣旨は、当然にそれらの書面の翻訳による内容の理解が先ず最も重要な点であったといい得るのであり、山川において、それらの書面の記載内容を翻訳して理解し、その趣旨を島田に告げたことは、当然のことであるといい得るが、山川においては、単にそれに止まることなく、本件小切手の支払銀行の実在を確認し、右各書面の性質をも告知したのであるから、同人としては、島田から右各書面の翻訳を依頼されたに過ぎないと判断したわけではないのであり、これが依頼の趣旨に則り、その趣旨に従った応答を正確にしたのであるから、同人を外国為替係員として勤務させていた被控訴人に重大な過失があったとは、到底いい難く、また、島田においては山川に対し、前記内容の依頼以外に、本件小切手及び「保証書」が正当に作成されたものであるか否かとか、本件小切手の決済が確実になされるか否かとかの具体的事項につき、格別の依頼をしたわけでもないこと、前記認定のとおりである以上、山川において、更にすすんで、本件小切手及び「保証書」に関し、前記ブミプトラ銀行に対して照会する手続を採る必要もなければ、また、島田に対し右照会手続を採ることを勧奨するまでの必要もなかったことは勿論である。そうすると、後日、本件小切手が「口座なし」との理由により不渡となり、また、右「保証書」が偽造であることが判明したとしても、島田において山川に対し、それらの点につき特に依頼をしたことがない以上、控訴人において、それらの点に関し、山川の責を問い得ないこと明らかである。なお、島田においても、前記認定の山川との間における折衝の事情・経過からして、山川の応答が、本件小切手及び「保証書」の記載文言の翻訳による内容の理解を前提とする当該各書面の性質の説明であるに過ぎず、それらの書面が正当に作成されたものであるか否かとか、本件小切手が確実に決済されるものであるか否かとかの点については、全く触れられていないものであることをその当時において認識し得ていたものであることを推認し得るのである。そうすると、島田の前記依頼に対する応答としてなされた山川の本件言明は、右依頼に対する応答として、何ら不当なものではないから、それが、控訴人との関係において、債務不履行に該当したり、或は不法行為を構成したりするものでないことは勿論である。従って、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当というほかはない。

(四)  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、結局において相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条により、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、同法第九五条本文・第八九条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本井巽 裁判官 坂上弘 野村利夫)

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